出井さんとの思い出vol.4:「Bit」立ち上げへの奔走

コラム

第3回の記事はこちら。『出井さんとの思い出vol.3:「Atom」と「Bit」』

「Bit」部門のスタート

さて、第1回の株主会議を経て、正式にスタートアップとしての活動が始まりました。日本のコンテンツホルダーの方々や、海外のコンテンツ事情を知る方々など、色々な方とお会いして、とにかく情報を集めていくことになりました。私自身は、株主の方々や、クオンタムリープ社の方々、SONYでの経験などもありませんでしたので、もう本当に辻野さんだけが頼り、というような状況でした。とにかく、よく全体像はわからないけれどもとにかく目の前の仕事をこなして行こうと必死になって頑張っていたつもりですが、果たして力になれていたかどうかは定かではありません。

音楽、映画、漫画、アニメなど、ジャンルを問わずとにかく日本のコンテンツを海外に発信するプラットフォームを構築するため、コンテンツホルダーの意向を聞いて合意形成をしていくことが必要でした。当時の自分も、未熟ながら、そんなに簡単にコンテンツホルダーの合意が取れるのだろうか? 海外向け、ということであれば一致団結できるのだろうか? 出井さんだからこそできる何か魔法の杖のようなものがあるのだろうか? と心配になっていました。

こう考えていた時点でやはり私自身がこのプロジェクトに対してミスマッチだっただろうと思います。それでもとにかく必死に目の前のことをこなし続けた記憶しかありません。ただ、実質的には本当に辻野さんの鞄持ち程度のことぐらいしか出来ませんでしたね。鞄持ちにもなれていたかどうか。。。

日本のアニメを日米同時配信するCrunchyroll

この一連の「Bit」部門の構想の中で、核となる会社はCrunchyrollという会社でした。Crunchyrollはサンフランシスコの会社で、日本のアニメを権利関係をクリアした形で日本と同時に放送することで人気を博していた会社で、米国のみならず、海外からのトラフィックを多く集めていました。

このCrunchyroll社としては、より多くのコンテンツホルダーと関係を築き、たくさんのコンテンツを載せて有料会員を増やしたいという思惑があり、出井さんが行った吉本興業の買収による全キー局による出資という形に目をつけ、同じことがCrynchyrollに出来ないか、という理由で出井さんのところに相談に来たことが関係の始まりと記憶しています。

Crunchyrollにコンテンツホルダーが平等に出資して、Nextflixのような存在に育てていこうということをお考えになられたのだと思います。ニコニコ動画が2008年頃から人気となり、2009年頃にはHuluが登場します。2010年のこのタイミングとしてはタイミング的にも悪くない発想だったかもしれません。

私自身も創業者のクン・ガオ氏と何度かお話する機会があり、辻野さん抜きでも何度かお話をさせていただきました。当時は、アニメを配信するだけでなく、動画広告をアニメ配信の中に自動的に差し込む技術も検討しており、漫画の配信プラットフォームも準備していたので、漫画、アニメなどを配信するプラットフォームとしてはすべてが整っている状態でした。

何よりも、広告関連のマネタイズ、ということになれば私の知見も少しは役に立ちそうだなと思いました。ただ、多くのコンテンツホルダーに出資をしてもらうという交渉に関しては私自身ではとてもできるような状況ではありませんでしたので、あとは出井さんと辻野さんに頼むしか無い、そういった無力感というか歯がゆさがありました。

スタジオジブリ

コンテンツを配信するプラットフォームについてはChrunchyrollで目星がついたわけですが、今度は肝心のコンテンツ側の話です。出井さんのご紹介や、辻野さんご自身のネットワークを最大限にフル活用してテレビ局やSONY Musicなどの音楽レーベルなど様々なコンテンツホルダーの方々とお話をされていたのですが、その中でも私自身が記憶に残っているのはジブリの鈴木プロデューサーとの会談です。

2010年の2,3月頃に、ジブリ作品を海外でYouTubeで配信してマネタイズしようという話が持ち上がりました。このことは、ジブリが毎月発行している「熱風」という冊子でも紹介されていて、辻野さんは鈴木プロデューサーの主催するPodCastでも対談しました。スタジオジブリは、「トイ・ストーリー」などを制作したPixarのジョン・ラセター氏との距離が近いため、PixarのオーナーであったAppleのスティーブ・ジョブズとの関係も近く、Pixarがディズニーに買収されたことでディズニーとも距離が近づいていた頃だったと思います。映画としては「借りぐらしのアリエッティ」の公開前後のタイミングでした。

そういった経緯もあり、私自身も辻野さんに同伴して鈴木さんとのお話を伺いました。鈴木プロデューサーは、本当に親身になって色々と日本のアニメを取り巻く現状についてお話くださいましたが、結果的には「Bit」部門の構想に関してはNGという結論でした。

色々なことを総合して考えると、やはり当時のYouTubeはまだまだ海賊版としての印象が強いことに加え、結局のところ映画をインターネット上で公開しても当時の時点ではペイしない、ということに尽きるだろうと思います。もし仮にYouTubeで公開できたとしても、まだまだYouTubeは海賊版を放置していると捉えられていた時期で、コンテンツホルダーからの評判はけしてよくありませんでした。

ただ、後に結果的にスタジオジブリの作品を日本以外でディズニープラスで公開する、というスタジオジブリの決断を見ると、大枠としては悪くなかっただけに、もしそこにディズニープラス以外の選択肢があったとしたらまた違った展開があったかもしれないなと思います。

コンテンツホルダーの腰の重さ

この他にも様々なコンテンツホルダーの方々とお会いしてお話してきましたが、基本的には軒並み腰が重たいという状況でした。やはり、音楽業界にしてもCDの売上を低下させた要因であるインターネットや、海賊版コンテンツがアップロードされてしまうYouTubeなどはまだまだアレルギー反応が強かった頃なので、抵抗感はとても強かったのではないでしょうか。

YouTubeのマストヘッドと呼ばれる純広告枠が満稿になるのはこのもう少し後の話です。YouTube自体が本格的な成長を向かえるのは、Susan Wojcicki がYouTubeの代表になり、Google AdWordsで培った運用型広告の哲学をYouTubeに取り込み始めたことが要因です。現在のYouTuberの隆盛も、彼女がいなければ実現しなかったことでしょう。

もし、この「Bit」の構想を、SONYに在籍している出井さんと辻野さんがお話になられたとしたら、もしかしたら話は違ったかもしれません。SONYがプラットフォームの技術を提供する、という形であれば動いた話もあったかもしれません。ただ、クオンタムリープの子会社、となってくるとまた立ち位置が変わってきますし、歯がゆさや徒労感はあっただろうと推測します。

12年後の今振り返ってみると

今、Wikipediaを見たら、CrunchyrollはSONY系列の会社になっているということで、あの構想はSONYが引き継いでいったんだなと思ってなんだか少しホッとしました。あの時点でTVerのような構想が動いていたら、あの時点でCrunchyrollを買収できていたら、今頃は雪だるま式にトラフィックが膨らんで、それなりのマネタイズが出来ていたかもしれません。

当時は今で言う漫画村のような海賊版漫画サイトのOnemanga.comというサイトがあったのですが、Googleが提供していたAdPlannerでページビュー数を調べると、グローバルで101番目のトラフィックを稼ぎ出していました。おそらく当時のどの日本のサイトよりもトラフィックがあったかもしれません。こうしたサイトをつぶしてしまうのではなくて、買収して権利処理して広告などでマネタイズできていたらどうだったのか、なんてことをつい考えてしまいます。

こうした版権ビジネスに関してはどうしても、コンテンツホルダー自身が中心にいないことにはうまく進んでいきませんので、ぜひ頑張って欲しいところです。

杓谷 匠杓谷 匠

1984年生まれ。2008年に新卒でGoogleに入社して以来、一貫して運用型広告の世界に従事。2010年にスタートアップに参画するも、川原で膝を抱える日々を経験。その後、Tripadvisor、Google、ATARAを経て、2019年に英国に籍を置く世界最大級のGMPパートナーJellyfishの日本法人の立ち上げに参画。

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