【コラム】2020年を振り返って

友人の訃報から始まった2020年

2020年1月、Google時代に同僚だった友人の急な訃報に接したところから僕の2020年は始まりました。2019年12月にJellyfishのメンバーが一人退社したことへの対応と、イギリス出張の準備に追われていたので、その訃報に対してうまく自分の中で処理できないままずるずると日々が過ぎてしまいました。友人とは、2019年12月末に大手町のビルの中で偶然すれ違って「また近いうちにご飯でも行きましょう」と話していたばかりでしたので、彼ともう会うことができないことをいまだにうまく想像ができないでいます。

その後、2月に東京で行われた告別式で、彼が「僕はみなさんの奴隷ですから!」と言いながら部下をサポートをしていたということを知りました。みんなからとても愛されていた様子が印象的でした。

実は、Googleで同じチームで働いていた時に「サーバントリーダー」(Servant Leader)の話を彼にしたことがあります。リーダーというと、誰かが人の上に立って引っ張っていく、そんなイメージを持ちがちですが、この「サーバントリーダー」というのは”Servant”(=奴隷)という言葉どおり、部下のために尽くすタイプのリーダーシップです。Googleは優秀な人が集まっていて、バックグラウンドも異なる人が多いので、上からのリーダーシップではなく、「サーバントリーダー」の方が合うのではないか、という話を彼にしたところ妙に深く聞き入っていったことを記憶しています。

もし、冒頭の「僕はみなさんの奴隷ですから!」という言葉があのGoogleでの何気ない会話から出ていたとしたら、何か深いところで信頼してくれていた証のような気がして、悲しさの中に少しだけ暖かい光を見たような思いがしました。

今でもまだ彼の死をうまく受け止めることは出来ていないのですが、残りの人生をどう生きるのか、について少しずつ考えるようになってきました。

37歳はもう若くはないことを現実につきつけられる年齢

Jellyfishが渋谷スクランブルスクエアのweworkに引っ越したことをきっかけに、偶然大学時代の同級生と約10年ぶりに再会しました。その後、早稲田の焼き鳥屋さんで当時の同窓生と再会することができました。今でも連絡を取り合う大学時代の友人は少ないので、個人的にはとても貴重な機会でした。

1960年代に学生生活を過ごした方々のバックグラウンドにビートルズが流れていたように、僕の学生時代は村上春樹でした。第一文学部という影響もあったとは思いますが、演劇・映画・文学などの専攻の違いはあれど、村上春樹の作品であれば大抵みんな読んでいたし、学生の間での共通言語になっていました。

画像リンク元:早稲田ウィークリー
まさに同じ教室でこんな感じでふてくされて授業聞いてたと思う

ご承知の通り、村上春樹は早稲田大学出身で、『ノルウェイの森』の舞台は早稲田大学で、実際に映画の撮影も第一文学部のキャンパスで撮影されていました。『ノルウェイの森』の冒頭では37歳の主人公がドイツ行きの飛行機の中でビートルズの「ノルウェイの森」を聞いて昔を思い出すことから物語が始まります。

「僕は三十七歳で」という書き出しが少し説明的でぎこちないけどなぜか印象に残る。

学生時代に『ノルウェイの森』を読んでいた時は、37歳という年齢がうまく想像ができなかったのですが、2021年に僕も『ノルウェイの森』の主人公のワタナベと同じ37歳になります。37歳という年齢は、なんとなく20代の延長でこなせてしまう30代前半とは違い、「もう若くはない」ということを現実に突きつけられる年なのだと思います。もうあの頃の自分に戻ることができない。それくらい月日が流れてしまった。その月日の重みがビートルズの「ノルウェイの森」の音楽をきっかけに思い起こされたのではないか。36歳の今なら、主人公のワタナベの感覚を実感を伴って想像できます。

まだこんなことを考えるのは早いのかもしれないのですが、元同僚の訃報の影響もあってか、人生の終わりに向けてどう風呂敷を畳んでいくのか、ということをぼんやりと考えるようになっています。

どうやって風呂敷を畳んでいくかを考え始める

映画や小説に強い興味を持った学生時代でしたが、就職活動の際にGoogleの存在を知り、なんとなくGoogleのことを深く知らないとこの先、人の心に響く作品は書けないのではないか、という思いからGoogleの門を叩いてこの業界に入り今に至ります。うまく説明できなけれど、この決断は間違っていなかったんじゃないかなと思っています。

小説とは違った形で、検索クエリという文字を扱う仕事をするのは文学部出身の自分には単純に楽しかったし、アレン・ギンズバーグなどのビート・ジェネレーションの作家達であれば、「検索クエリこそ文学だ!」とでも言うのではないかと思います。

また、小中学生の頃にエジプト考古学者の吉村作治に憧れたことをきっかけに早稲田に入った自分からすると、データを分析しながらユーザーの意図を探るのは考古学者になった気がして性に合っているような気がしています。

僕がGoogleに入った2008年はChromeがリリースされ、世界初のAndroid携帯が登場するなど、今思えばとても面白い時期に在籍することができました。さらに、この運用型広告市場に黎明期から携わってきた方々と直接お話をすることができたのも僕の中で大切な経験となっています。

とても恵まれた環境でお仕事をさせてもらってきたので、この経験を多くの人に伝えてバトンを渡していくことは、残りの人生を通じて行っていきたいことだなと。それだけは確信を持って言えることです。

厳しくも温かく人を育てていく文化を目の当たりにして

2020年は、とあるコンペを通じて外部の代理店さんとタッグを組んでお仕事をさせていただく機会がありました。また、大阪や九州の皆様と一緒にお仕事をすることもできました。これまで、インハウスの最大手クライアントばかりを担当してきたので、キャリアの長さに比べて代理店さんと一緒にお仕事をする機会がなかったので、とても印象的な出来事でした。

私の至らなさからご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、別々の会社でありながら、徐々に徐々に阿吽の呼吸が生まれてくる過程がとても楽しかったです。Jellyfishという会社は日本ではまだ海のものとも山のものともわからない小さな会社であったにも関わらず、受け入れてくださった皆様に改めてこの場を借りて感謝を申し上げます。

厳しくも温かく人を育てようとする文化の醸成や、若手の学ぼうとする姿勢、急にガラッと顔つきが大人びて成長していく姿を横から見させていただいて「ああ、こんな雰囲気っていいなぁ」としみじみと思っていたりしました。こういう雰囲気の中で働ける若手は幸せだなと思います。2014年にGoogleを離れて以来、社員数の少ない会社にいたので久しぶりにこうした光景を見ることが出来たことが単純に嬉しかったし、まぶしかったですね。

2020年はとても印象的な1年でした。ありがとうございました!

2020年の経験というのは、自分の中でどう人生を折り返していくかを考える上で印象的な出来事が本当にたくさんあった年でした。この場で深く触れることはできませんが、幸せなことに、自分の周りには進取の精神に富んだ方が集まってきてくださるようで、面白いプロジェクトにたくさん携わらせていただきました。

その分、難易度の高いお仕事ばかりなので、プレッシャーもありますが、出来る限り打ち返せるように研鑽を積んでいきたいと思います。改めて、2020年はありがとうございました!来年も宜しくお願い致します。

杓谷 匠杓谷 匠

1984年生まれ。2008年に新卒でGoogleに入社して以来、一貫して運用型広告の世界に従事。2010年にスタートアップに参画するも、川原で膝を抱える日々を経験。その後、Tripadvisor、Google、ATARAを経て、2019年に英国に籍を置く世界最大級のGMPパートナーJellyfishの日本法人の立ち上げに参画。

関連記事